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2024/01/26 - MSC漁業認証

【北海道マイワシサステナブル漁業プロジェクトのSTORY】前例なきMSC認証取得を目指して。前人未踏のサステナブルな漁業への挑戦。

毎年人口増が続き、2050年の世界人口は97億人に達すると言われています(※1)。私たちの胃袋を支える食糧のひとつである魚の需要も増えています。同時に養殖漁業の需要拡大も見込まれることから、天然漁業だけでなく養殖漁業においてもサステナブルを考えていく必要があります。

今回紹介するストーリーは、北海道広尾町を舞台にしたサステナブルなマイワシ漁業の取り組みです。業界の期待を一身に背負い、国内の天然漁業も養殖漁業も持続可能なものにしようと奮闘する人々の声をお届けします。

■ 国内初、フィッシュミールのMSC認証取得に向けて

タイやハマチ、ウナギなどの養殖を行う際、魚に与える飼料の主原料は「フィッシュミール」と呼ばれ、その主な原材料には天然のマイワシが用いられます。養殖場や飼料会社が責任ある養殖を行っていることを示すASC認証(※3)の飼料基準でも、そのフィッシュミールの原材料がサステナブルであることが求められます。つまり、原材料のマイワシがMSC認証(※2)を取得することは、やがてサステナブルな養殖チェーンの構築につながっていく。その結果、日本の養殖漁業の国際的な競争力向上にもつながっていくはずーー。

そんな長期目標を見据えて、サステナブルなマイワシ漁業に取り組み、MSC認証の取得を実現するため、2022年7月、フィッシュミールの流通を担う総合商社・兼松、北海道の水産加工業社・池下産業、天然マイワシの大中型まき網漁業を行う浜平漁業、そしてUMITO Partners の4社が組み、サステナブル漁業プロジェクト「北海道マイワシサステナブル漁業プロジェクト」がスタートしました。

■ 一通のメールから始まった業界の期待を背負うプロジェクト

このプロジェクトは、UMITO Partnersの村上宛てに届いた、兼松の穀物飼料部・木原さんからの1通のメールからはじまりました。

木原さん(兼松):
「私たちは日本の水産業や畜産業において飼料となる原料を世界中から集めて供給しており、日本への輸入のみならず、最近は中国や東南アジア、トルコなどの世界10カ国以上の国に輸出・三国間取引を行っています。

私は2009年ごろから日本や中国、東南アジアの養殖サプライチェーンに関わるようになり、ベトナムにも数年駐在していたのですが、フィッシュミールの市場は二極化していくような印象を受けました。欧米など国外への養魚の輸出をメインとした東南アジアは当初から養魚のASC等認証の取得が早く進んでいて、飼料原料であるフィッシュミールの認証にも関心が高かった一方で、養魚の国内消費が主となる中国や日本は養殖及び原料の認証に対する認知度が低く、国内の需要が多いため、認証取得についてはあまり進んでいませんでした。中国は人口が増えて需要が伸びていますが、日本は人口は減る一方で他国から取り残されている感じがします。しかも、日本のフィッシュミールはほぼ輸入に頼っている状態。これを打破するためには、もっと国外への輸出の割合を高めていく必要があると感じました。」

そこで、木原さんは、日本の漁業及び養殖業の国際競争力を高めるために、また国内供給を高めるために、サプライチェーン全体に視野を広げて何かできることはないかと考え、フィッシュミールの原料となるマイワシのMSC認証取得に向けて動き出しました。

まず、北海道・広尾町で漁業のサステナビリティ向上を目指してフィッシュミールの加工を担う池下産業・池下さんにコンタクトをとり、一緒に取り組むことが決まりました。さらに、池下さんの働きかけによって、漁業者・浜平漁業(北部太平洋系群マイワシを漁獲する大中まき網漁船団浜平丸を保有)からも協力を得られることになりました。

池下さん(池下産業):
「広尾はマイワシの名産地と謳われる釧路に近い漁港ですが、釧路に比べて距離的なアドバンテージがないため船がなかなか来ません。なので、ただ同じように魚を獲っているだけではダメ。天然の魚もいつまで獲れるかわからないし、獲った魚はなるべく最大限の価値を認めてもらい世界に届けたいと思っています。そこで兼松・木原さんから話をもらって、私たちもマイワシの認証取得に向けて動き出すことを決意しました。」

北海道 広尾町からみえる十勝港

MSC認証は、国際的に資源管理されているマグロやカツオ類や需要の高い白身魚(タラなど)が中心です。一方、今回のように、国内で管理されている大臣許可漁業(漁場の区域が県を跨いで広域にわたって操業する)のうち、国内EEZ内での大中型まき網漁業でのMSC認証は前人未踏。こうした状況の中、木原さんは前例のない挑戦に不安を感じながらも、サステナブルな漁業のコンサルティングを専門とするUMITO Partnersへ一通のメールを送りました。

村上(UMITO Partners ):
「フィッシュミールの原材料を目的とした国内の大中型まき網漁業で認証取得しようということは、日本では初めてのこと。本当にインパクトが大きいことです。水産庁からも、力強い応援の言葉をいただきました。このプロジェクトがスタートしたこと自体が、さまざまなステークホルダーの期待を背負った、素晴らしい第一歩だと思っています。」

木原さん(兼松):
「このプロジェクトの成功事例をもって、『この指止まれ!』という形でサステナビリティの輪を広げていくことで、僕たちの次の世代に向けて日本の漁業の国際競争力を高めていけるはず、と信じています。」

左から、プロジェクトメンバーのUMITO Partners 福山、池下産業・池下さん、兼松・辰見さん

■ 仲間が集まり、いよいよプロジェクトが本格化

こうして、4社でスタートした「北海道マイワシサステナブル漁業プロジェクト」。ただ、このままでの道のりは平坦ではありませんでした。

広尾町の漁港に水揚げをするマイワシの船団は、全部で24船団。そのうち、プロジェクトに興味を抱き、事前情報収集に協力してくれる漁船団はいましたが、実際にプロジェクトに参加する意向を示す事業者は決して多くはありませんでした。そのため、まずはこのプロジェクトへの理解を示してくれた浜平漁業をパートナーとして、小さく始めようということになりました。

マイワシの大中型まき網漁を行う第三十八浜平丸

池下さん(池下産業):
「大型まき網漁業というのは、いろんな漁法の中でも「根こそぎ獲る」みたいなあまり良くないイメージをもたれることもあって。フィッシュミールをとる漁業者は鮮度への意識が薄く、とにかく獲れるだけ獲る、という人は今でもいます。だからこそ、今回のような(水産資源などの)データを記録することに消極的な人も中にはいて、全員の理解を得るということは難しいだろうなと。

今回協力してくれた浜平さんとは長い付き合いで理解もあるので、スピード感を持って進めるためにも最初は1社に絞って取り組むことにしました。」
現場で記録をつけるUMITO Partners・福山

浜平漁業がプロジェクトに加わり、次に取り組んだのは、現在の取組み内容とMSC認証基準までのギャップを埋めることです。

一般的に、国内の漁業者は「大臣許可漁業」の基準のもと、漁業や水産資源の記録・管理を行います。しかし、MSC認証基準を大臣許可漁業の基準と照らし合わせると、(水産資源の)記録方法や管理方法が多項目にわたるため、現状のマイワシ漁業では不足するデータ(絶滅危惧種などの遭遇記録やゴーストフィッシングの回避等)がいくつかあります。そのデータを自主的に収集・解析しなければなりません。時には、その結果をもとに改善対策を講じる必要もあります。

辰見さん(兼松):
「こうした記録や管理の作業が、共に取り組む漁業者にとって負担にならないようにしたい一方で、実際は協力なしに認証取得は実現しません。それをどう捉えるか。この輪を日本国内で広げるためには、今回のプロジェクトを成功させること、そして、より丁寧な説明とサポートをステークホルダーの方々に行っていかなければいけないな、と思います。」

■ プロジェクトを通して考える、日本の漁業と地域の未来

MSC認証取得までに様々な課題はあるものの、実現に向けて一歩ずつ進み始めた4社。中でも発起人である兼松・木原さんと池下産業・池下さんは、この長期にわたるプロジェクトを通してどのような未来を見据えるのでしょうか。

木原さん(兼松):

「世の中の流れとしても、ASC認証への関心が広がってきています。水産資源管理のデータ記録にデジタル技術を取り入れるなどして、現場における水産資源管理方法の負担を減らしていければ、この輪がもっと広がっていくように思います。そうすれば、この道東のマイワシが海外で取引されるようになり、広尾町にも注目が集まり、地域の発展に貢献できる。さらに、サプライチェーンの全体の活性化も目指しながら、プロジェクトに取り組んでいきたいと思っています。」

池下さん(池下産業):

「木原さんのおっしゃる通りで、それに加えて、水産業が衰退していく中で若手にとって良い刺激になったらいいなと思います。漁業者だけじゃなくて、賛同してくれる若い社員も増えたらいいな、と。それに、マイワシは広尾の地域において経済効果も高いので、このマイワシが獲れ続けることが広尾の町の活気にもつながります。産業、そして地域としても、とても期待しています。」

十勝港に入港する第三十八浜平丸

漁業のみならず、さまざまな角度からの期待が集まる「北海道マイワシサステナブル漁業プロジェクト」。広尾町から始まるサステナブルなマイワシ漁業が、国内のサステナブルな養殖を実現し、サプライチェーン全体が活性化していくーー。そんな未来は、そう遠くないのかもしれません。

※1 国際連合広報センター 2022年7月11日付 国連経済社会局プレスリリース・日本語訳

※2 MSC認証:MSC「海のエコラベル」とも呼ばれる、Marine Stewardship Council(海洋管理協議会)による認証制度。水産資源や環境に配慮し、適切に管理された持続可能な漁業に関する認証であり、漁業に対する「MSC漁業認証」と水産物の水揚げ以降のサプライチェーンに対する「MSC CoC認証」の2つがある。

※3 ASC認証:Aquaculture Stewardship Council(水産養殖管理協議会)による認証制度。経済的、社会的、環境的に責任のある方法で行われた水産養殖を認証する仕組みであり、この認証によって環境や社会に配慮して養殖された水産物であることを証明する。


■対談者

木原宏明/ 兼松(株) 穀物飼料部副原料課 課長
2002年兼松株式会社入社、2015~2018年 Kanematsu Vietnam Ltd 勤務を経て、2018年より現職。「国内外取引先・パートナーの皆さまと一緒に汗をかき、まだ誰もやっていない事に挑戦しよう!」が仕事のモットー。

辰見吉昭/ 兼松(株) 穀物飼料部副原料課 課長補佐
大阪府茨木市出身。大学/大学院では魚類ゲノム編集による遺伝子機能解析の研究を行う。2014年兼松株式会社入社。入社後は穀物や飼料原料となる植物蛋白の取引に従事、2020年より魚粉魚油チーフトレーダー。

池下藤一郎/ 池下産業(株) 代表取締役社長
北海道広尾町に本社及び工場を構える池下産業は、豊富な漁業資源を有する太平洋に面し、北海道と首都圏を結ぶ海の最短距離にある十勝港を活用しています。十勝港で水揚げされた魚を原材料に、フィッシュミールや魚油の製造販売を行っている。さらに、イワシを原材料とする養殖用飼料を商社経由で養殖事業者に販売する他、急速冷凍技術を活用したRevo Fishをスーパーやレストラン等の小売業者を中心に販売も行っている。

村上春二 / (株)UMITO Partners 代表取締役
福岡県出身。サンフランシスコ州立大学にて自然地理学とビジネスを専攻。パタゴニア日本支社で勤務及びフリーランスライターとして活動し、米国に所在する国際環境NGO Wild Salmon Centerの日本コーディネーターとして勤務。その後国際環境NGO オーシャン・アウトカムズ(O2)設立メンバーとして日本支部長に就任。同組織は2018年にシーフードレガシーと合併し、取締役副社長/COOとしてサステナブルな漁業・地域・事業を創出する。2021年自らが代表となりUMITO Partnersを設立。漁業者・企業・シェフ・自治体などと連携し、サステナブルな漁業や地域のために伴走する。

-Asia Pacific FIP Community of Practice Council Member
-Fisheryprogress.org Advisory Committee Member
-養殖業成長産業化推進協議会委員

■ライター プロフィール

執筆:盛岡絢子
foodam / FOOD&COMPANY N.E.W.S PROJECT 主宰

兵庫県神戸市出身。大学/大学院では農学部作物学専攻でイネの研究を行う。卒業後、株式会社リクルートにて人材に関するコンサルティング/制作業務に従事したあと、日本の全国の食文化と生産現場にまつわるストーリーを届けるため、東京を拠点にグローサリーストアを展開する「FOOD&COMPANY」にてコミュニケーションディレクターを務めたあと、現在は同社の他にもライティングや編集、商品開発などを通して、様々な生産者や産地の魅力を発信する。


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